2015年2月24日火曜日

3月1日(日)に高瀬荘で胡蝶蘭(コチョウラン)の即売会開催

3月1日(日)午前8時30分から、高瀬荘で胡蝶蘭(コチョウラン)の即売会を開催します。

『読売新聞』に掲載された記事を以下に紹介します。

三豊市高瀬荘の障害者支援施設「高瀬荘」で、利用者が育てたコチョウランが咲きそろった。3月1日に施設で開く即売会で、市価の半額程度で販売する。

入通所者の収入源の一つとして、施設がオープンした1989年から栽培を続けている。

コチョウランは、空調管理された3棟のガラスハウス(計1100平方メートル)で栽培。白やピンク、紫色の花を咲かせ、即売会では30センチ以上に成長した豪華な花約970本を売り出す。

即売会は午前8時半からで、売り切れ次第終了。1本株が500~2000円、2、3本株は2000~4800円。問い合わせは高瀬荘(0875・74・7811)。
(2015年2月19日(木)『読売新聞』地域欄より引用)

食品のコレステロールは気にする必要なし!

これからは「食品のコレステロールは気にする必要がない」そうです。

これまでにも一部の研究者らはコレステロールを過度に心配する向きに警鐘を鳴らしてきましたが、それがようやく正されたということです。

卵好きの人にとっては朗報でしょうか?

とり過ぎると健康によくないとされてきた食品のコレステロールについて、米政府の諮問委員会は「過剰摂取を心配する必要はない」とする報告書をまとめた。

米政府は今年中に食生活指針を改定するが、1日300ミリ・グラム以下という摂取量の目安が撤廃される可能性がある。

これまで、卵やエビなどコレステロールが多いものを食べ過ぎると、血中のコレステロールが増えて動脈硬化を引き起こし、心筋梗塞や脳卒中などの病気につながるとされてきた。

しかし、米保健福祉省と農務省の食生活指針諮問委員会が、コレステロール摂取量と血中コレステロールの関係を調べたところ、両者の関連性を示す証拠はなかったという。

日本では、厚生労働省が昨年3月にまとめた食事摂取基準の2015年版から、生活習慣病予防のためのコレステロール摂取の目標量を廃止している。

寺本民生・帝京大臨床研究センター長は「摂取量が血中コレステロール値に与える影響には個人差がある。摂取量に一律の基準を設ける必要はなく、血中の値が高い人は個別に医師から指導を受けるのが望ましい」としている。(2015年2月23日『読売新聞』より引用


2014年12月29日月曜日

12年先を考えて

2014年も残すところわずかとなりました。鵜足津福祉会の関係者の皆様には大変お世話になりました。この場を借りて謹んで御礼申し上げます。

さて、 2015年の年賀はがきのデザインが話題になっているのをご存じでしょうか。

切手のところに、右手に編み棒を持ち、首にマフラーを巻いたヒツジ(来年の干支)が描かれています。それだけ見ると何のことはないのですが、実は12年前のデザインでは(覚えている人は少ないでしょうが・・・)、ヒツジが何か編み物をしていました。そうです、それが今回ヒツジが首に巻いているマフラーだったのです。

「1年の計は元旦にあり」といいますが、このヒツジは12年前に1年でなく12年の計を立て、今年ようやくマフラーを編み終えたというわけです。

このデザインは、長い目で見て辛抱強く事に当たる大切さを教えてくれているようです。

2014年11月14日金曜日

賢い選択(Choosing Wisely)

アメリカ内科委員会(ABIM: American Board of Internal Medicine)という非営利組織が中心となって、「賢い選択(Choosing Wisely)」という活動に取り組んでいます。

この活動は、無駄な医療(検査、診療)を排除し、科学的に立証された医療を推進しようとするものです。

そのホームページを覗いてみると、様々な分野において(現段階では)有効性が客観的に証明されておらず不必要とされる検査や医療行為が列挙されています。

高齢者医療に関して一例を挙げると、

  • 認知症が進んだ人に経皮的栄養(胃ろう)はしてはならない
  • 高齢者にコレステロール値を下げる薬を日常的に処方してはならない
  • etc.

とあります(参照ページ)。

同委員会がこうした活動を推進するのはアメリカの医療界特有の事情があるのは確かですが、それを割り引いても医療費増加に悩む先進国(日本も含む)には興味深い内容でしょう。

老年的超越

読売新聞のヨミドクターに次のような記事がありました。少し長いですが引用します。

超高齢者の老年的超越…自然体、老い受け入れる

内面の充実、高い幸福感

誰もが避けることのできない老い。身体の機能が衰え、社会とのつながりも薄れていく中、85歳以上の超高齢者たちは、老いをありのままに受け入れ、心の内面を充実させることで、幸福感を高めていることが、100歳以上の百寿者を対象とした調査などからわかってきた。「老年的超越」と呼ばれ、注目を集めている。

「自然のままに生きる。自然が一番。思い出したり、忘れたりの繰り返しで、今は忘れることが多くなりました。年はとりたくないが、それも自然のなすこと」

昨年6月、確かな記録が残る男性としては、史上最高齢の116歳で亡くなった京都府京丹後市の木村次郎右衛門さんは生前、長寿の秘訣(ひけつ)として「自然体」を強調していた。

「ありがとう。みなさんのお陰で呼吸を続けています」。ユーモアと周囲への感謝の言葉を忘れなかった。機嫌がいいと、「サンキュー・ベリー・マッチ」と得意の英語も飛び出した。

800人以上の百寿者を調査した慶応大の広瀬信義さんは「感謝の気持ちを忘れず、いつも前向きで、老いを自然体で受け止めている人が多い。木村さんはその典型だった」と話す。

高齢者が合理的、自己中心的な思考から解放され、自然とのつながりを感じ、老いを受け入れるように価値観が変わることを、スウェーデンの社会学者のトルンスタムさんは「老年的超越」と名付け、高齢者の幸福感につながると指摘した。

東京都健康長寿医療センター研究所の増井幸恵さんは、日本人の老年的超越について調べ、〈1〉生と死を近く感じる〈2〉先祖とのつながりを感じる〈3〉自然体で生きる〈4〉周囲へ感謝の気持ちを持つ〈5〉内面への意識が高まる――などの特徴を明らかにした。

「人のありがたさを実感する」「一人でいるのも悪くない」「自分の人生は意義があった」「細かいことが気にならなくなった」など27の質問で、70~90歳代の2200人の老年的超越の度合いを調べたところ、70、80、90歳代と年齢を重ねた人ほど高くなることがわかった。本人の健康状態はあまり関係なく、女性の方が老年的超越の度合いが高かった。

「一人でいることの良い面に注目できる」「見えを張らない」「無理をしない」という傾向のある人ほど、身体の機能が低下しても、幸福感を高く保てる傾向があった。

増井さんは「元々の性格もあるが、『老年的超越』は高齢になると誰もが経験する心の変化で、老いを受け止める準備なのではないか」と推測する。

高齢者の幸福感については、「健康状態を保ち、社会貢献的な活動を維持することが幸せな老いにつながる」という考えが欧米を中心に主流だった。

しかし、増井さんは「元気な60~70歳代と80~90歳代では、幸せが違うのではないか」と指摘。「老老介護が増えているが、90歳代の親に『生涯現役』の価値観を押しつけて、頑張らせ過ぎないことが大切。一人で思索できる時間を作ってあげることも必要」と助言する。(『読売新聞』 2014年11月13日)

幸福感は人それぞれといいます。コップ半分の水を指して、「まだ半分もある」と考えるか、「もう半分しかない」と考えるか。幸福感が高いのは前者の考え方でしょう。

超高齢社会では、アクティブシニア=幸福という欧米流の視点だけでは疲弊してしまうという意見にも納得です。

2014年10月20日月曜日

鵜足津福祉会報『ほのぼの』(11月号)より

当法人発行の会報『ほのぼの』(11月号)より健康寿命に関する記事を紹介します。
福祉時報「敬老の日(平均寿命と健康寿命)」

敬老の日は、「多年にわたり社会に尽くしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」ことを趣旨としています。起源は1947年(昭和22年)に兵庫県多可郡野間谷村の村長が、「老人を大切にし、年寄りの知恵を借りて村づくりをしよう」と、農閑期に当たり気候も良い9月中旬の15日を「としよりの日」と定め、提唱し、全国に広がったとされています。

近年、日本は超高齢時代を迎え、その平均寿命は毎年のように過去最高を更新しています。が、平均寿命がいくら高くなっても、元気でなければ生活の質は保てません。この生活の質に重点を置き、考えられた言葉が「健康寿命」です。健康寿命とは、「日常的に介護を必要とせず、自立した生活ができる期間」(厚生労働省)のことです。この期間が少しでも長くなるように、介護予防や高齢者を対象としたフィットネスなどあらゆる対策が取られていますが、根本にあるものは、私たちが寄り添い、協力・支援していくことだと思います。

また、協力・支援していくためにはお年寄りの生きていくための知恵が必要不可欠となります。お互いが助け合い、健康寿命は延びていくのではないでしょうか。

どんな形であれ「長年の経験」は、それに勝るものはありません。お年寄りと関わることは、経験と知恵をたくさん教えてもらえる絶好の場であり、これから生きていく糧となり、そこに初めて「敬愛する心」が芽生えるのだと思います。

日々、慌ただしく過ごしている私たちですが、少し立ち止まり、仕事外で、お年寄りの話をじっくり聞いてみてはいかがでしょうか。そうすると、敬老の日が「おめでとう」から「ありがとう」に変わるのではないでしょうか。

鵜足津福祉会報『ほのぼの』(11月号)より抜粋

2014年10月17日金曜日

介護の資格要件緩和について

先日、新聞各紙に介護の資格要件緩和に関する次のような記事が掲載されました。
介護分野の深刻な人手不足を補うため、厚生労働省は、介護職の資格要件を緩和する方針を固めた。

現行の資格を取得しやすくするか、よりハードルの低い新たな資格を創設する。介護分野への外国人の受け入れも拡充し、2025年度までに約100万人の増員が必要とされる介護職の担い手の裾野を広げる。

現行では、介護の資格制度は、国家資格の介護福祉士のほか、研修時間によって2段階ある。厚労省では、そのうち、最短の130時間の研修で取得できる「介護職員初任者研修修了者」の要件を緩和して短い時間で取れるよ うにするか、新たに研修時間の短い資格を設ける。未経験者を対象にしたよりハードルの低い資格を設け、高齢者や子育てを終えた女性など、幅広い層の参入を狙う。有識者らによる新たな専門委員会を今月中にもスタートさせ、議論を進める。

一方、介護分野への外国人の受け入れについては、留学生が介護福祉士などの国家資格を取得すれば、国内で働けるようにする。(YOMIURI ONLINE、2014年10月15日)
この記事を見て、ヘルパー資格(訪問介護員3級)のことを思い出しました。ヘルパー3級は2009年4月に当該資格が介護報酬の対象から外れたことにより事実上廃止されました。

新たに研修時間の短い資格を設けるということは、それを介護報酬(または他の報酬)の対象にするということでしょうか(そうでなければ意味がありません)。

介護福祉士という「国家資格」の他に類似資格をいくつも設ける意図(色々説明されてはいますが・・・)はよく分かりませんが、くれぐれも介護現場が混乱することのないようお願いしたいものです。

税理士試験のように、介護福祉士試験も科目ごとの受験を認め、合格した科目の範囲で介護報酬の適否を決める方がすっきりすると思うのですが・・・。