2014年11月14日金曜日

賢い選択(Choosing Wisely)

アメリカ内科委員会(ABIM: American Board of Internal Medicine)という非営利組織が中心となって、「賢い選択(Choosing Wisely)」という活動に取り組んでいます。

この活動は、無駄な医療(検査、診療)を排除し、科学的に立証された医療を推進しようとするものです。

そのホームページを覗いてみると、様々な分野において(現段階では)有効性が客観的に証明されておらず不必要とされる検査や医療行為が列挙されています。

高齢者医療に関して一例を挙げると、

  • 認知症が進んだ人に経皮的栄養(胃ろう)はしてはならない
  • 高齢者にコレステロール値を下げる薬を日常的に処方してはならない
  • etc.

とあります(参照ページ)。

同委員会がこうした活動を推進するのはアメリカの医療界特有の事情があるのは確かですが、それを割り引いても医療費増加に悩む先進国(日本も含む)には興味深い内容でしょう。

老年的超越

読売新聞のヨミドクターに次のような記事がありました。少し長いですが引用します。

超高齢者の老年的超越…自然体、老い受け入れる

内面の充実、高い幸福感

誰もが避けることのできない老い。身体の機能が衰え、社会とのつながりも薄れていく中、85歳以上の超高齢者たちは、老いをありのままに受け入れ、心の内面を充実させることで、幸福感を高めていることが、100歳以上の百寿者を対象とした調査などからわかってきた。「老年的超越」と呼ばれ、注目を集めている。

「自然のままに生きる。自然が一番。思い出したり、忘れたりの繰り返しで、今は忘れることが多くなりました。年はとりたくないが、それも自然のなすこと」

昨年6月、確かな記録が残る男性としては、史上最高齢の116歳で亡くなった京都府京丹後市の木村次郎右衛門さんは生前、長寿の秘訣(ひけつ)として「自然体」を強調していた。

「ありがとう。みなさんのお陰で呼吸を続けています」。ユーモアと周囲への感謝の言葉を忘れなかった。機嫌がいいと、「サンキュー・ベリー・マッチ」と得意の英語も飛び出した。

800人以上の百寿者を調査した慶応大の広瀬信義さんは「感謝の気持ちを忘れず、いつも前向きで、老いを自然体で受け止めている人が多い。木村さんはその典型だった」と話す。

高齢者が合理的、自己中心的な思考から解放され、自然とのつながりを感じ、老いを受け入れるように価値観が変わることを、スウェーデンの社会学者のトルンスタムさんは「老年的超越」と名付け、高齢者の幸福感につながると指摘した。

東京都健康長寿医療センター研究所の増井幸恵さんは、日本人の老年的超越について調べ、〈1〉生と死を近く感じる〈2〉先祖とのつながりを感じる〈3〉自然体で生きる〈4〉周囲へ感謝の気持ちを持つ〈5〉内面への意識が高まる――などの特徴を明らかにした。

「人のありがたさを実感する」「一人でいるのも悪くない」「自分の人生は意義があった」「細かいことが気にならなくなった」など27の質問で、70~90歳代の2200人の老年的超越の度合いを調べたところ、70、80、90歳代と年齢を重ねた人ほど高くなることがわかった。本人の健康状態はあまり関係なく、女性の方が老年的超越の度合いが高かった。

「一人でいることの良い面に注目できる」「見えを張らない」「無理をしない」という傾向のある人ほど、身体の機能が低下しても、幸福感を高く保てる傾向があった。

増井さんは「元々の性格もあるが、『老年的超越』は高齢になると誰もが経験する心の変化で、老いを受け止める準備なのではないか」と推測する。

高齢者の幸福感については、「健康状態を保ち、社会貢献的な活動を維持することが幸せな老いにつながる」という考えが欧米を中心に主流だった。

しかし、増井さんは「元気な60~70歳代と80~90歳代では、幸せが違うのではないか」と指摘。「老老介護が増えているが、90歳代の親に『生涯現役』の価値観を押しつけて、頑張らせ過ぎないことが大切。一人で思索できる時間を作ってあげることも必要」と助言する。(『読売新聞』 2014年11月13日)

幸福感は人それぞれといいます。コップ半分の水を指して、「まだ半分もある」と考えるか、「もう半分しかない」と考えるか。幸福感が高いのは前者の考え方でしょう。

超高齢社会では、アクティブシニア=幸福という欧米流の視点だけでは疲弊してしまうという意見にも納得です。